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日記

今日の朝刊のコラム

今朝の山陰中央新報のコラム「教えの庭から」に私が書いた記事が掲載されている。タイトルは「当たった!」。購読されていたら読んでみて欲しい。

毎回の原稿は、掲載日の1週間前に編集局に送ることになっている。今回もそうしたのだが、編集局の記者の方と少しメールでのやり取りがあった。

記者の方は、原則として、作者の言葉を訂正したり補足されることはされない。句読点やルビ付けを確認される程度だ。

ところが今回「聴聞」という原稿の意味について、親鸞さまが添え書きされている「聴」についての解釈について記述した部分で、わかりにくいという指摘が二度もあった。

「ユルサレテキク」という言葉の解釈と、「この善太郎」という「この」の意味だ。誰が何を許しているのか、なぜ「この」なのかがよくわからないのだ。

如来の言葉を、私の都合で聴くことが許されている。善太郎ただ一人が目当てであったことに気づかれた「この」というよろこびの文字。二つとも、不思議な働きを文字にしたお方の言葉だ。

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