家を処分するために、「仏壇終い」をされたお方のお話を聞く機会があった。
現在お住いの家にはお仏壇はないが、そのお方は、「お仏壇がなくなってから毎朝『正信偈』を読むようになった」と言われた。
どのような心理状態になられてその行為が始まったのか。お話を聞きながら、何かに気づけたような気がした。
お仏壇を護持する義務感が離れず、しがらみが染みついた思いがある有形のものが目前から消えたとき、その場所にあった仏教という無形で大切なものが見えたのではないかと想像したのだ。
お仏壇がないと、自宅での法事はなくなるだろう。だからと言って布教が出来なくなることはない。宗教は個人の営みと覚悟して、このお方の今後に注目しよう。