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日記

何故お坊さんになった?

人は、生まれながらにしてお坊さんであるわけではない。 むしろ、お坊さんとなるまでの道のりには、たいてい一つの物語が潜んでいる。 その物語を聞くことは、私たちが「寺があるのは当然だ」「仏教は昔からそこにあるものだ」と、 いつの間にか思い込んでしまった心の姿勢を、ふと立ち止まって見直す機会になるだろうと思った。

昨日お招きしたお坊さんは、25年ほど前、 新宿・歌舞伎町という、夜の熱気が地面から立ちのぼるような街から、 人口300に満たぬ山里へと移り住んだ人である。

その落差は、まるで都会の喧噪から、古代の静寂へと時を遡ったかのようであったという。

奥様がその寺の一人娘であったことが、彼を山里へ導いた。 しかし、当の本人はといえば、若いころは宗教に対して「ヤバいものだ」と身構え、 「寺に入ればベンツの一台くらいは転がり込むかもしれない」などと、 俗な噂を信じていたというから面白い。

だが、人の心を変えるのは、理屈ではない。 身近な者の死という、厳粛な現実に触れたとき、 彼の中で何かが音を立てて崩れ、また別の何かが静かに芽を出したのだろう。

いま彼は、仏法の中に身を置くことを「ありがたい」と語る。 その言葉は、単なる感想ではなく、 心の葛藤を越えてきた者だけが持つ、深い実感として響いた。

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