先日、お客を案内して「風のえんがわ」で昼餉をとった。古民家を改装したその店は、20年ほど前に夫婦で開いたもので、地元の食材を使ったイタリア料理を供している。料理はどれも滋味深く、常連が多いのも頷ける。
食後、婦人が昔話をしてくれた。創業のころから、この店には「風来坊」が一人、住み着いているのだという。住み着くといっても、家財を持ち込むわけでもなく、ただ風のように現れて、気が向けば草刈りなどをしている。
その風来坊が、あるとき、病に倒れた。家族も親族もなく、住所も定かでない。病院に運び込まれたとき、身元引受人の欄に、婦人はためらいながらも「家族」と記したという。 「そのとき、人は縁でつながっている家族だと、はじめて実感しました」と語った。
もちろん、世のすべての人に同じことができるわけではない。だが、目の前に困っている人がいて、自分にできることがあるのなら、それをする。 「それはね、自分を裏切りたくないからなんです」と、婦人は当たり前のように言った。そして、少し照れたように笑いながら、「私は性善説で生きています」と付け加えた。
この言葉を聞きながら、自分は無機説ながらも、いい人たちに恵まれ、素晴らしい人生を過ごせていることに感謝した。