境界知能という言葉があることを知りました。境界という意味は、何かを分ける境目のことで、いろいろな場面で使われます。
ところが、知能にある境界とはいったいどのような場面で引かれる線でしょうか。私の知能にもその線が引かれているのではないかと想像すると、その線をいつどこで誰が引くものなのか気になります。
調べながら思い当たったことは、自分が暮らしている場所で話されている言葉の理解が出来るか否かで引かれる線ではないかということです。言葉から行動が生まれるかどうかという理解知能です。
お聴聞の言葉は難しく、他力の言葉についてはとくに理解できません。ところが特別な教養を身につけていないと思われる人が、他力を体得しておられるところを見ると、信仰については知能の理解力とは関係が薄いと思われます。