近ごろお寺や宗教法人の話題が目につく。内容はさまざまだが、主にはお葬式の費用とか墓終い、あるいは法人格を利用してのマネーロンダリングなどだ。
その話題に必ずと言っていいほど加わるのが寺社の存続が危ういという話だ。仏教で「末法(まっぽう)という言葉があるが、それが現実になって姿を見せているわけだ。
末法とは、教えは残っているが、その力が消滅してしまった時代のことだ。いくら崇高な教えであっても、飾りモノのようになった時代なのだ。
さてその当事者としてどうするか。放置することは出来ない。もはや大胆に変化しなければ蘇らないことはわかっているのだが、伝統勢力の矢面に立つ教学が整理出来ないので踏み出せない。