仏教の言葉に、「摂取不捨」(せっしゅふしゃ)という言葉があります。わかり易く軽やかな四文字熟語ですが、内実は重い意味が詰まっていることを感じています。
この熟語はあるとき突然人間の言葉として出現したのですが、その行動は無言の光によって行われていました。
その四文字を摂取と不捨に分けて読んでみます。
摂取という言葉はおさめとるという言葉であり、あなたも私もすでにそうされているという言葉です。もう一つの不捨はすてないという意味なので同じような意味に思えますが、重ねるとその完璧さを感じます。
逃れられない現実に直面した人にもそうでない人にも響いているこの言葉。不安にもがく人にもそうでない人にも届いているこの言葉。そうであっても受け止め方は各自の生活体験によって異なるものです。
真実から届けられている言葉の中に気になる言葉を見つけたら、ていねいに読んでみませんか。きっとうれしくなると思います。