集落の配水管のどこかで漏水していることが確認されたらしい。朝9時前に市の水道課の人がやって来て、修復工事のため水道を止めるといわれた。
漏水箇所が容易に見つかって、修理も手早く終了して20分くらいな断水だった。工事が長引くことも予測して、必要な貯水を確認していたがあっけなく完了して安心した。
その間、震災などで長期の断水を余儀なくされ人たちのことや、漏水箇所発見のシステムのことなどを思った。
そして玄関のチャイムがなって「終了しました」という報告を聞いたときの感情は、平常通りに生活できるという安心感だった。
私たちは、平常ということを無意識に信じている。それでも世の中ではいつかどこかで異常が発生する。虚しいことだ。またそれを予防することも不可能だ。
望まないとしても、異常を受け入れて暮らすことは可能だと思っている。