「ストーリーテリング」という催しがあると聞いた。 この横文字を耳にしたのは初めてで、いったいどんな所作が行われるのか、少し興味をそそられた。
先日、家人が「ちいさなろうそくの会」という一団の実演に参加した。 帰宅して、その様子を語ってくれた。 「読み聞かせ」という活動は以前から知っていたが、どうやら本を手にせず、語り手が自らの声だけで物語を立ち上げるらしい。 語りの技法というものは、古来どの社会にもあったはずだが、現代においてもなお、それを学び、継承しようとする人々がいることに、どこか安堵を覚える。
話によれば、簡素ながら舞台装置もあるという。 部屋をできるだけ暗くし、一本のろうそくを灯す。 その小さな火の前で、語り手が世界の昔話や童話を紡いでいく。 ろうそくの火は、文明以前の人類が夜ごと囲んだ焚き火の名残のようでもある。 人は火を前にすると、なぜか心の奥の扉がひとつ開く。 物語がそこへ静かに入り込むのだろう。
ライブのような大きな昂揚はないかもしれない。 しかし、心の隅にそっと触れてくるような感動は、むしろこうした静かな場にこそ宿るのかもしれない。
語りという行為は、文明の喧噪をひととき離れ、人が人に向かって声を届けるという、最も古い文化のひとつである。その原初のかたちが、現代の片隅でひっそりと息づいていることに、私はどこか温かさを覚える。