その土地に古くからある食べものというものは、時に人の記憶をやわらかく揺らす力をもっている。ボべ貝の炊き込みご飯をいただいた折、私はふとそんなことを思った。
日本海に限らず、波に洗われる岩場には、ボべ貝と呼ばれる小さな貝がへばりついている。海辺の人々は、初春から初夏にかけて波が穏やかになると、マイナスドライバーのような手道具を携え、用心深く岩肌からこの貝をはぎとる。
実は大豆ほどの小ささであるから、炊き込みご飯にしてこそ、その旨味が生きる。磯の香をまとい、どこか素朴で、しかし滋味深い味わいがある。漁師めしと呼ばれ、人気を博すのもむべなるかな、と思う。
昼餉にこの一椀をいただきながら、私はいつしか子どもの頃に遊んだ海を思い出していた。潮の香は、記憶の奥に沈んだ風景を呼び起こす媒介であるらしい。
やがて海遊びの季節が来る。砂浜に身を投げ出し、陽光を浴びながら、遠く寄せては返す波を眺めるのも悪くない。人の暮らしの片隅で、こうした原初のかたちがひっそりと息づいていることに、私は今懐かしんでいる。