話の聞き方はいろいろある。聞き流したり、小耳にはさんだり、あるいは盗み聞きということもある。いろいろある中で、もっとも深い聴き方のことは傾聴ということだろうか。
意識を集中して、話し手に向かい、全身を傾けているイメージが浮かぶ。
私たちが大切な話を聞くときは、いつでもそういう聴き方をしてきたはずなのだが、真実の願いというモノを聞いていたのだろうか。
わかろうとして聴く聞き方では、自分のために聴くことになるから、それは自己中心になっている。
「耳を傾けよう」というのは、わかろうとすることではなく、お話しされている願いの中に座るだけのことかもしれない。