時機相応という言葉がある。タイミングと場の空気を読むという意味だろう。
お釈迦さまは「対機説法」をなさっていたという話があるが、それも「人を見て法を説く」という、ピンポイントのことだ。
この意味には前談がしっかりあると思う。まず、どのような相手かという観察である。ここで間違えると、「人を見た」ことにならない。
人を知るためには、自分でしっかり確かめることだ。他人の評価は耳に入るが、間違っていることが少なからずある。参考になることもあるが、自分自身の観察眼を鍛えることが求められる。
その場面で、仏法の言葉は大いに役に立つ。自分自身が謙虚で居れて、相手の煩悩の姿を見逃さずに居れるはずだから。