「隣のバラは赤い」という諺は、いまではほとんど耳にすることがなくなった。だが、諺というものは不思議なもので、忘れられたころにふと甦り、こちらの心をつつくような働きをする。
他人の庭に咲く花は、同じ品種であっても、どこか自分の家のものより艶やかに見える。羨望という感情は、古代から現代にいたるまで、変わることなく人の胸に巣くっている。諺は、それをやんわりと戒めるために生まれたのだろう。
先日、兵庫県の但東町からお客さんがあった。話の折、その方が「こちらの町は、自分たちの町よりにぎやかですね」と言われた。私は思わず笑ってしまった。隣のバラは赤い、という諺が聞こえた気がしたのだ。
しかし、よく考えてみれば、旅先で見る風景が美しく映るのは、土地が特別なのではなく、旅人の心がいつもより角度が異なっているからだ。そう思うと、諺の意味もまた、少し違った色合いを帯びてくる。
人はしばしば、他所のことを羨む。しかし、羨む心の奥には、自分の町を見つめ直す契機が潜んでいる。自分の町のよさに気づくのは、案外、旅人の言葉だったりするのだ。