お寺の屋根を傷めていた大きなカイヅカイブキの古木を伐った。伸びすぎた枝を毎年のように切って仏花として利用もしていたが、猛暑が影響したのか昨年枯れてしまった。
年輪を数えたら80年は過ぎているという。樹木とはいえ、いのちを奪うことをしてしまったという痛みを感じながら切り口をしばらく見ていた。
すると気づいたことがあった。切口があまりにもイビツなのだ。
樹木医でもなく庭師でもないが これはきっと成長過程で外部から受けたストレスの結果であろう。順調に育った樹木の切株なら、はぼ真円形の状態になるだろう。
ふと人間も同じではないかと思った。心というモノは外部からは見えないが、成長過程でストレスを受け続けるとその影響は残っているのではないかということだ。
そして同時に、芸術的なものに触れることはその影響をやわらげ、宗教はそれを超えて生きる喜びを与えてくれるコトと気づかされた。