お寺というものは、千数百年の昔から日本列島の風土に根を張り、人の願いと祈りを受けとめてきた建築である。 その伽藍を支える柱の一本一本は、ただの木材ではなく、長い時間の堆積そのものだ。 しかし、その歴史を脅かすのは、意外にも目に見えぬほど小さな生き物である。
シロアリという虫は、音を立てることもなく、お寺の柱に忍び込み、年月をかけて内部を食い、空洞にしてしまう。 破壊という言葉が似つかわしくないほど無音で、しかし確実に仕事を成し遂げる。
今回、防蟻工事を施したのは、保証期間が切れていたからというだけでなく、そうした「静かな脅威」に対する、ささやかな自衛でもあった。
被害はまだ出ていない。 だが、お寺というものは、被害が出てからでは遅い。 木造建築は日本文化の象徴でありながら、その維持費は現代の感覚からすれば驚くほど重い。 文化財とは、ただ古いというだけでなく、維持し続ける覚悟を含んだ言葉なのだと、工事のたびに思い知らされる。
お寺の形は、時代とともに変わる。 ただ、忘れてはならないのは、伽藍は目的ではなく手段であるということだ。 人がお寺に集うのは、建物そのものを愛でるためではなく、仏法を聞き、自らの生に気づくためである。 柱が太かろうと細かろうと、聞法の場がそこに息づいていれば、それでよい。
シロアリの防除工事を眺めながら、そんなことを思っている。