「おめでとう!」、自分の誕生日に声をかけてもらえない人は多かろうと思います。
独居の人はもちろんですが、生家を離れた子供たちが親の誕生日に声をかけてくれることも少なかろうと思うのです。
先日、「誕生日にお寺参りをさせてください」と申し出られたお方がありました。そのお方は、お子さんたちは独立して今は二人暮らし。
お宅にお参りの都度、仏法に出会う縁の不思議さなどを話していたことや、転居してお仏壇がなくなったことがこの申し出につながったのでしょう。
この申し出をきっかけに、聞法の機会の一つとして「誕生日聴聞」の実現は出来ないだろうかと思い始めています。