リビングの天窓というものは、家の中にありながら、どこか外界の気配を運んでくる不思議な装置である。とりわけ冬を越したあとのそれは、季節の名残を抱え込んで映している。
この連休、孫が帰省してくれた折、その天窓の掃除を頼んだ。年末に拭いたはずの窓には、いつの間にかカメムシの亡骸が散らばっていた。冬のあいだ、明かりに誘われて集まり、そして力尽きた小さな命たちである。
夜、照明を点けると、その影が天窓に映り、まるで影絵のように迫ってくる。人の営みの頭の上で、別の世界がひっそりと息づいているようで、どこか気味の悪さを覚える。
とはいえ、高いところに上がるのは、もう慎むべき齢になった。気にはかけながらも手を出せずにいたところ、孫の若い腕が軽々とそれを片づけてくれた。天窓が澄み渡ると、家の空気まで一段明るくなったように思える。
人は歳を重ねると、こうした些細なことにも、季節の移ろいと家族のありがたさを重ねて見るようになるのだろう。